CFFジャパン事務局スタッフのブログ

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中学で憧れ、CFFで確信に変わった途上国で働く夢 バリ島で見つけた日本語教師の道〜25周年プロジェクトインタビュー〜

みなさんこんにちは!『CFF設立25周年プロジェクト』ブログ担当のしゅうへいです。先日のブログで、CFFに縁のある方々のインタビュー記事を掲載することをお伝えしましたが、今回は記念すべき第1弾です。

 

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みなさん、中学生のときの夢は何でしたか?そのときの夢を叶えている方、途中で夢が変わった方、それぞれだと思います。

 

記念すべき初回のインタビューを受けてくれたのは、2017年春のマレーシアワークキャンプ参加者、川井優希(かわいゆうき)さん。彼女はいま、中学生のころの夢を叶えようとしています。

 

優希さんの夢、それは海外で働くこと。大学時代に日本語教師の資格を取得し、今年12月にインドネシアのジャワ島に渡る予定です。

 

そんな優希さんの大切にしたい未来は “Dear Future Children”。この言葉にはどんな背景があるのか、お話を伺いました。

心をつかんで離さないバリ島での出会い 子どもたちが日本語を学ぶ姿勢が決め手に

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「Dear Future ChildrenのChildrenは、特定の子どもたちではなく、広く子どもたちのために活動していきたい、ということなんです。」

 

優希さんが、子どもたちのために活動していきたいという想いを抱くきっかけは、2018年夏にボランティアで訪れたバリ島での子どもたちとの出会いだったそうです。

 

「100人くらいの子どもたちがいる孤児院で1週間過ごしました。学校の選択授業で日本語があり、みんな日本語に興味津々!こんな遠いインドネシアで、日本語を勉強して話せるようになりたいっていう子どもたちがこんなにいるんだ!ってうれしくなりました。」

 

日本語教育なら子どもたちの未来の役に立てるかもしれない、と感じた優希さん。その想いは、別の国に訪れたときに明確になりました。

 

「バリ島から帰った後、ルワンダに行ったんです。そこでの生活も楽しかったんですけど、バリ島で出会った子どもたちのことがどうしても忘れられなくて...。それで、自分はバリ島で日本語教育をしたいんだ!って強く感じました。」

 

進む道を決めた優希さん。2019年夏、今度はバリ島の高校と大学で日本語教師インターンにチャレンジします。

 

「私の授業がつまらなくて寝ちゃったりしたらどうしよう...ていう不安がありました。でも、みんな真剣に授業受けてくれて、日本語を勉強する子たちを応援したいって思いました。それで帰国してから、日本語教師の資格を取りました。」

 

そして、今年12月日本語パートナーズという制度を利用してインドネシアに渡る予定です。

 

「本当は去年行けるはずだったんですけどコロナで延期になっていました...。でも先日、行けることが決まってよかったです!」

夢に一歩近づいた高3の春! CFFで心が決まり海外一筋に

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前から2列目、左から4番目が優希さん

優希さんにとって途上国で働くことは、中学生時代からの夢であり憧れ。その原点はあるテレビ番組だったといいます。

 

「中学校の地理の先生が変わっていて、教科書を使わずにオリジナルの教材で授業してくれたり、海外のバラエティ番組を見せてくれたりしていたので、自然と海外に興味を持ちました。途上国で活動したい想いが芽生えたのは、世界の村で発見!こんなところに日本人』という番組を観てからです。青年海外協力隊の方が活動している姿に憧れました。」

 

時は流れて高校3年生。途上国や協力隊に興味がある人が集まり、海外プログラムも充実している東洋大学国際学部に行くことにしました。無事進学も決まった春休みに、初めてCFFのマレーシアワークキャンプに参加します。

 

「春休みを無駄に過ごすのもいやだったので、この機会に初めて海外に行こうと決めました。でも、高校生は私だけであとはみんな大学生だったので、最初は来るとこ間違えたっ!って思いましたね笑

 

初めての海外、初めてのマレーシアは、優希さんの大学生活の軸を決定づける大きなターニングポイントになりました。

 

イスラム教のお家にホームステイしたんですけど、豚を食べられなかったり、食べるときに左手を使っちゃいけなかったりすることを知りました。イスラム教の方たちと生活して初めて、宗教によってこんなに違いがあるんだっていうのが衝撃で...。それに、ちゃんと自分の目で途上国を見て、一緒に生活してみて、将来は絶対途上国で働いて暮らそうと思いました!」

 

将来の進路を途上国に決めた優希さんですが、ある想いが浮かんできました。

 

「このとき私の心で決まっていたのは「途上国」ということだけ。自分に何ができるのか分からないし、何がしたいのかも全然イメージできていませんでした。そこで、大学生活はいろんな途上国をまわって、自分がやりたいこと、できることは何か探すことに決めたんです。」

 

そこから、インドネシアラオスカンボジア、インド、ルワンダなど計13ヶ国を周ったそうです。

 

そんなバイタリティあふれる優希さんですが、マレーシアワークキャンプでは思わぬ壁にぶつかったそうです。

 

「CFFに参加するまで人間関係に悩んだことはなかったんですけど、そこで初めて悩みました。私だけ高校生だったので最初は全然馴染めなくて...。自分の方から壁をつくってしまったこともあってなかなか打ち解けられませんでした。あるとき、本音を話そうみたいな夜があって、“年齢が違うからどう関わっていけばいいかわからない”って話したら、みんな“気にしなくていいのに”って言ってくれて...そこからは普段通りの自分でいこう!って吹っ切れました笑」

 

この経験が、その後海外を飛びまわるなかで役に立ったそうです。

 

「先取りで大学生を体験した感じで、年上の人との接し方がわかりました。別の団体でも、年齢がバラバラの人たちと初めましてで海外に行ったりしたときに、難しく考えず、普段通りの自分でいることができました。」

ワクワクを信じて、まずは目の前のことを全力で

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憧れを徐々に現実に引き寄せてきた優希さん。そんな優希さんには、心に決めている自分ルールがあるといいます。

 

「やりたいことがいくつもあるときは、やってる自分を想像して一番“ワクワクするもの”を選ぶようにしています!“ワクワクする”って自分がやりたくてしょうがないことだと思っているので。インドで出会った日本人に、“ワクワクする方を選べ”っていう言葉をもらったことがきっかけなんですけど笑。わりと優柔不断な性格だったなので、心に刺さった言葉でした。」

 

ワクワクを信じて突き進む優希さん。最後に将来像についてお聞きしました。

 

インドネシアで働くこと、そして子どもたちに関わりたいというのは変わらないと思っています。日本語教師は、あくまで関わり方の1つ。これからチャレンジして、続けたいと思うか、それとも気が変わるか、まだ自分でも分かんないです笑。いまはインドネシア日本語教師をする未来しか見えてません。」

 

優希さんは「途上国で活動する」という中学時代からの憧れに、ゆっくりと、でも確実に一歩一歩近づいてきたように思います。そして、日本語教師という“ワクワク”を見つけました。

 

このインタビューで優希さんが教えてくれたのは、“ワクワク”を求めて探し続けることだと、私は思います。

 

みなさんにとっての“ワクワク”はどんなものでしょうか?

 

(インタビュアー・執筆:しゅうへい)